大阪商業大学 JGSS研究センターのモットーは、公開性・継続性・国際性・革新性です。それは、JGSS研究プロジェクトが生まれた背景とこれまでの道のりに由来します。
「日本にも公開データがあればよいのにね」と、スタンフォード大学の指導教授がため息をついたのは、1986年のことです。社会統計学の授業では、教官がデータアーカイブからGeneral Social Survey(GSS)をはじめとする公開データを取り寄せて大型計算機にリザーブしておき、学生は授業で学んだ統計手法を用いてデータ分析に取り組んでレポートを作成するということが行われていました。大学の規模に応じた参加費を払えば、加盟する大学の教員と学生は、そこにプールされているさまざまな調査データを教育や研究に利用することができるというデータアーカイブ(ミシガン大学に事務局をおくInter-university Consortium for Political and Social Research: ICPSR)の存在が、このような授業を可能にしていました。
公開データのなかでも、GSSは、シカゴ大学のNational Opinion Research Centerが1972年に開始した全米の総合的社会調査で、最新の2012年まで29回の調査にのべ5万5千人以上が回答し、2万以上の著作を生み、毎年40万人以上の学生が利用している飛び抜けた存在です。類似の調査は、ドイツでは1980年に、イギリスでは1983年に、オーストラリアでは1984年に始まっていました。1989年には別の教授から、ICPSRが作成した電話帳のように分厚い調査データの目録を渡され、「日本の大学も加盟したよ」と言われましたが、北海道大学、同志社大学、青山学院大学などに留まっていました。
それから10年後の1998年の秋に、JGSS研究プロジェクトはスタートしました。80年代に留学先の大学でGSSデータを利用し、帰国後それぞれの研究に取り組んでいた研究者たちが、「日本でも、総合的社会調査を継続的に実施して、全国調査に参加する機会をもたない研究者が分析でき、社会統計学の教育現場で活用できる公開データを作成しよう」と行動を開始しました。その中心になったのが、谷岡一郎(大阪商業大学学長)を研究代表とするグループと、東京大学社会科学研究所附属日本社会情報センターにSSJデータアーカイブを構築したばかりの東大社研のグループです。事務局を大阪商業大学において両大学の校費で始めたところ、1999年4月に、大阪商業大学比較地域研究所が、文部省(当時)から、学術フロンティア推進拠点(1999-2003年度)に指定されました。調査デザインと調査内容の検討を重ねた上で、2000年10月に「日本版総合的社会調査(Japanese General Social Surveys)」の第1回本調査(JGSS-2000)を実施しました。
以来、社会科学の多岐に亘る分野の研究者の研究課題を集約して、数千人規模の全国調査を13回実施し、25冊を超える研究論文集・研究書・統計テキストを刊行しています。収集したデータは、調査を企画した研究者だけのものとするのではなく、東大社研やICPSRならびにドイツのデータアーカイブから速やかに公開しており、これまでに国内外の4万5千件を超える研究者と学生に利用されています。JGSSを利用する研究者の分野は、社会学、経済学、人口学、統計学、政治学、心理学、教育学、言語学、地理学、公衆衛生学、農学と多彩です。
2004年には、文部科学省から再び「私立大学学術研究高度化推進事業 学術フロンティア推進拠点」(2004-2008年度)に指定されました。JGSS-2005以降は、調査で検証する分析研究課題を公募しています。この公募と、2003年に始めた公募論文の募集を通して、可能性のある若手研究者を見出して、その育成を図る「JGSS調査研究奨励プログラム」を2005年にスタートさせました。さらに、JGSS-2006からは、台湾・韓国・中国との共同研究「東アジア社会調査プロジェクト(East Asian Social Survey:EASS)を開始しました。共通設問群を、4つの国と地域の全国調査に組み込むものです。EASSの第1回モジュールのテーマ(2006年)は「家族」、第2回(2008年)は「文化とグローバリゼーション」、第3回(2010年)は「健康」、第4回(2012年)は「社会的ネットワークと社会関係資本」、第5回(2015年)は「ワークライフ」です。第6回からは、10年間の変化を捉えるために、第1回目からのモジュールを繰り返し、第6回(2016年・2017年)は「家族」、第7回(2018年)は「文化とグローバリゼーション」、第8回(2021年)は「健康」です。
JGSS研究センターのモットーの1つである「革新性」は、調査デザインへのあくなき挑戦に表れています。JGSSは、1人の調査対象者に対して、面接調査と留置調査を本格的に併用した日本で最初の全国調査です。また、社会調査全般で、回収率の低下に悩んでいる状況の改善を目指して、回収率を向上させるさまざまな工夫を重ね、その成果はJGSS-2006に現れました。「個人情報保護法」が施行された2005年には、「閲覧と抽出に関する調査」を行い、閲覧制度をめぐる自治体の動きを把握し、複雑化した名簿の配列に対応できる抽出要領を作成しました。JGSS-2003では、調査対象者のネットワークについて、「悩みの相談」「仕事の相談」「政治の話」の3つの分野の重なりを全国調査でとらえるという世界でも初の試みを行いました。EASS 2006では、意識設問に関して、意見への賛否が明確な社会とそうではない社会で共通して用いることができる選択肢を採用しました。2009年1月に実施したJGSS-2009ライフコース調査では、多様化する就業の実態を現実に即してとらえる試みを行いました。2013年1月に実施したJGSS-2013ライフコース調査(JGSS-2009の追跡調査)においても、回答の矛盾ができるだけ生じないような工夫をこらしました。
JGSS研究プロジェクトは、このようにして、「公開性・継続性・国際性・革新性」をモットーにして、前向きにかつ堅実に20年に亘って研究実績、調査についての知識・学術資料・データベース、他大学との共同研究・共同利用の実績を蓄積してきました。
2008年6月には、この実績の蓄積と共同研究・共同利用の参加者に対する支援体制が整備されていることが評価されて、文部科学省から「人文学及び社会科学における共同研究拠点の整備の推進事業」の拠点に採択されました。この事業は、人文学及び社会科学分野の研究者だけではなく、異分野の知を集結した共同研究・共同利用を促進し、人文学及び社会科学分野の研究水準の向上と、異分野融合による新たな学問領域の創出を図ることを目指して、2008年度にスタートしたもので、初年度は5拠点が採択されました。採択された5拠点はいずれも、さらに文部科学省の審査を経て、10月1日付で、文部科学大臣により「共同利用・共同研究拠点」に認定されました。「共同利用・共同研究拠点」の制度は、我が国全体の学術研究のさらなる発展のために、国立公立私立大学を問わず、高いポテンシャルをもつ研究施設を共同利用・共同拠点として整備することを目指して、2008年7月に学校教育施行規則を改正して、新たに創設された制度です。
大阪商業大学JGSS研究センターは、共同研究拠点としての研究体制をさらに充実・強化し、国内外の研究機関・研究者との共同研究を推進するために、2008年7月に開設されました。文部科学省からの委託事業である「特色ある共同研究拠点の整備の推進事業」(平成22年に名称変更)は2013年3月に終了しましたが、文部科学大臣による「共同研究拠点」の認定は2013年4月と2019年4月に再認定を受けました。
最後になりましたが、これまで調査にご協力くださった4万5千人以上の調査対象者の皆様に厚く御礼申し上げます。JGSS研究センターは、運営委員会を中心として、共同研究拠点としての役割に邁進しますことをお約束申し上げます。
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